落合陽介ギフレさん(43歳)はスペイン・バルセロナ生まれの映像ディレクターです。

 

落合陽介ギフレ画像

落合陽介ギフレInstagram

 

落合さんの父親は画家の落合皎児(こうじ)さん。

 

落合皎児 画像

落合陽介ギフレInstagram

 

皎児さんは長野市松代町にアトリエを構えて活動していましたが2024年4月、自宅の火災で亡くなりました。

享年76歳。

 

1人残された陽介ギフレさんは父親の遺品を整理するとともに、アトリエに千点ほどあるという父親の作品を再評価されるべく活動されています。

 

本来なら遺品の整理というものは残されたご家族でするものだと思いますが、陽介ギフレさんはお母さんにも弟さんにも先立たれているのです。

 

お母さんと弟さんは一体どんな方たちで、どんな家族だったのでしょうか。

 

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落合陽介ギフレの母親はどんな人?

落合陽介ギフレさんの母親の名前は茂子さん

スペインで暮らしていた皎児さんが同じくスペインにいた茂子さんと結婚し、陽介ギフレさんが生まれました。

 

その頃の写真を見ると、夫婦はとても幸せそうに見えます。

 

落合陽介ギフレインスタグラム

 

陽介さんが生まれたばかりの頃ですね。

とてもきれいで、心から満たされているような笑顔の茂子さんです。

 

 
 
 
 
 
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(母親の茂子さんと幼い頃の陽介ギフレさん)

 

陽介ギフレさんが4歳の時に家族でスペインから帰国。

 

帰国してすぐ、弟さんが生まれました。

陽介さんとは5歳違いです。

 

しかし日本に帰ってからなぜか夫婦仲は悪化し、離婚に至ってしまいます。

 

悠然と絵ばかり描いている皎児さんに茂子さんは苛立ちを隠せず、言い争いが絶えなかったとか。

 

母、陽介さん、弟さんの3人と皎児さんとは同じ敷地内の別の建物で別居。

 

陽介ギフレさんは、「父親とは付き合うな」とお母さんに言われていたそうです。

それはきつい…
子供にとっては、母親も父親も大事な存在なんだよね

 

茂子さんは皎児さんの母親(姑)ともあまり折り合いがよくなかったようです。

 

陽介ギフレさんはインスタグラムで、過去を振り返り述懐しています。

12歳の頃両親が離婚した頃のこと。
なんとなくおばあちゃんに会いたくなって祖母家に行った時、家の中で親父とおばあちゃんが言い合いをしていて、、

 

親父「おれには茂子(僕の母)が必要なんだ!」

祖母「嫌だよあんな怖い人!」

云々

期せずしてこの2人の会話を盗み聞きしていると、そのどちらにも幻滅してきて、話しかけることもなく帰宅した。

 

落合陽介ギフレInstagram

 

結局、夫婦は離婚。

 

離婚後、茂子さんは精神病を患い社会生活ができなくなり、当時13歳だった陽介ギフレさんの弟さんは児童養護施設に身を寄せることに…。

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落合陽介ギフレの弟はどんな人?

落合陽介ギフレさんの弟さんの名前は不明です。

どんな事情があったのかわかりませんが、20歳のときに自ら命を絶ったそうです。

落合陽介と父親と弟

落合陽介ギフレInstagram

 

陽介ギフレさんのインスタグラムに家族の写真として貼り付けてあった上の画像。

左端が弟さんでしょうか。

 

20歳で亡くなってしまいましたが、弟さんはお父さんから美術の才能を受け継いでいたようです。

 

陽介さんが弟さんについて述懐している文章がありました。

弟の通っていた高校をたずね、昔の担任と話をする機会を得た。
美術室から偶然、20年以上前に弟が描いた油絵が出てきた。

 

弟は、母が精神病を患い社会生活ができなくなってから、
13歳で児童養護施設に身を寄せることになり、
いじめや嫌がらせを受けたこともあったようだが、
高校ではトップクラスの成績を納め、
美術部の副部長や風紀委員を務めていたらしい。

 

寡黙で何を考えているか分からない人物だったが、
少しだけ血の通った文章も見つけて、ほっとした。

落合陽介ギフレInstagram

弟さんが通っていた高校をたずねたら、20年以上前に弟さんが描いた絵が偶然出てきたなんて不思議な話ですね。

 

弟さんが描いた油絵というのがこちら。

落合陽介さんの弟の油絵

落合陽介ギフレInstagram

 

まさに弟さんが生きていた証。

この絵は長い間、陽介ギフレさんが来るのを待っていたのかもしれません。

 

弟さんはこの大きな池に何を見ていたのでしょうか。

落合陽介ギフレの絵画

後述になってしまいましたが、落合陽介ギフレさんも絵画に関しては天才的な才能をお持ちのようです。

 

落合陽介ギフレの絵画

落合陽介ギフレ インスタグラム

 

この日本人離れした感性のインパクトある絵画。

 

陽介ギフレさんが

「高校の頃美術の授業で何となく書いた絵」

だそうで、

 

「何となく書いた」っていうのがすごいです。

陽介ギフレさんも天才肌なんだと思いました。

 

この迫力ある絵は上野美術館に飾られて、高校のテレホンカードにもなって今でも売られているそうです。

 

落合陽介ギフレ テレフォンカード

落合陽介ギフレ インスタグラム

 

自分の描いた絵がテレフォンカードになって卒業した高校で販売されるなんて名誉なことですね。

 

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落合陽介ギフレの娘も天才アーティスト!?

ところで落合陽介ギフレさんには、小さな娘さんがいらっしゃいます。

 

2024年現在、10歳になる娘さんですが幼い頃から絵を描かれています。

やはりDNAのなせる技でしょうか。

落合陽介ギフレさんも、弟さんも、ギフレさんの娘さんも、みんな美術の才能があるって事だよね
絵の才能ってやっぱり遺伝なんだ

 

 
 
 
 
 
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娘さんが7歳の頃に描いた絵です。

小学校1年生でこの波の音が聞こえてくるような海の絵はすごいです。

 

 
 
 
 
 
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猫とギター。

8歳でこのスケッチはレベル高すぎでもはやアート作品。

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まとめ

2024年4月、76歳で火災で亡くなった画家・落合皎児さん。

その作品に再度光を当てようと活動を始めた映像ディレクターの落合陽介ギフレさん。

 

今回は落合皎児さんの元妻であり陽介ギフレさんの母でもある茂子さん

20歳で早世した弟さんについて調べました。

 

芸術家であることと良き夫、良き父というのは相反するものなのでしょうか。

 

落合皎児さんが作った家庭は、長くは続きませんでした。

 

しかし落合皎児さんの類まれなる才能は、息子にも孫にもしっかり受け継がれているということを強く感じずにはいられませんでした。

 

落合皎児さんの自宅火災についてはこちら ↓

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落合皎児さんの妻茂子さんについてはこちら ↓

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