
フィギュアスケートの「りくりゅう」こと三浦璃来さんと木原龍一さんが婚約を発表しました。
2019年にペアを結成し、2026年ミラノ・コルティナ五輪では日本ペア史上初の金メダルを獲得。
長年一緒に戦ってきた2人が人生のパートナーにもなったのですから、SNSでは多くの祝福が寄せられています。
ところが、その一方で目につくのが「気持ち悪い」「ベタベタしすぎ」「騙された」といったネガティブな反応です。
いや、そこまで言う?
嫉妬心から出てるんでしょ?その言葉。
そう感じた人も多いことでしょう。
もちろん、SNS上の一部の書き込みだけを見て、批判している人全員を「嫉妬している」と決めつけることはできません。
ただ、反応を見ていくと、単純に婚約が嫌なのではなく、「自分が見ていたりくりゅうの物語と違った」という戸惑いが強いように見えます。
そこへ以前から感じていた距離感への違和感や、嫉妬、そしてSNS特有の匿名性が重なった。
では、なぜおめでたい婚約発表に、ここまで強いネガティブな言葉が出てくるのでしょうか。
ここから、その心理を一つずつ見ていきましょう。
目次
りくりゅう婚約はなぜ「気持ち悪い」と言われた?
まず大前提として、りくりゅうの婚約に対しては祝福する声が多く、「気持ち悪い」という反応は一部です。
それでも強い言葉なので、どうしても目に入ります。
では、何がそこまで引っかかったのでしょうか。
一つは、2人が以前から見せていた距離の近さです。
りくりゅうはペア競技のパートナーとして、長年非常に親密な関係を築いてきました。
リンク上では身体を預け合い、競技を離れても仲の良い姿を見せる。
本人たちも、お互いを「家族みたい」「戦友」などと表現していました。
これを「最高のペア」「本当に仲がいい」と好意的に受け止めていた人がいる一方、以前から「距離が近すぎる」と感じていた人もいたようです。
そこへ婚約発表。
今まで競技パートナーとして見ていた親密な場面まで、後から恋愛の文脈で見直す人が出てきました。
それによって、それまで言葉にしていなかった違和感が一気に噴き出したのでしょう。
ただし、ここには一つ注意したいところがあります。
ペア競技での密着や強い信頼関係と、恋愛感情は同じものではありません。
いつから2人が恋愛関係だったのかも公表されていません。
過去のすべての行動を「あの頃から恋人だったから」と読み替えることはできないのです。
婚約という結論を知ったことで、過去まで違って見えてしまった。
「気持ち悪い」という言葉の裏には、そんな受け止め方の変化もありそうなんですよね。
「騙された」と感じる人が出てきた理由
もう一つ興味深いのが、「騙された」「隠していた」といった反応。
でも冷静に考えると、ちょっと不思議なんですよね。
2人には、交際を公表する義務があったわけではありません。
恋愛がいつ始まったのかも明かされていない以上、そもそも何を「騙した」のかもはっきりしません。
それでも騙されたように感じる。
ここには、ファンが長年見てきた「りくりゅう像」が関係しているのではないでしょうか。
2人は「戦友」「家族みたい」といった言葉で関係を表現してきました。
その言葉をそのまま受け取り、「恋愛ではないからこそ美しい関係」「男女を超えた特別なパートナーシップ」として見ていた人もいたのでしょう。
そこへ婚約が発表されると、その人の中で出来上がっていたストーリーが崩れます。
「家族って言っていたじゃない」
「戦友だと思って見ていたのに」
そんな感情が、「騙された」という言葉に変換された可能性があります。
ただ、これは2人が嘘をついたこととは別問題です。
人間関係は変わります。
最初は競技だけのパートナーだった2人が、長い時間を過ごして恋愛関係になることだってあるでしょう。
あるいは、恋人でありながら「戦友」でも「家族のような存在」でもあることは矛盾しません。
「戦友か恋人か」の二択ではないんですよね。
むしろ、長年一緒に戦ってきたからこそ、その延長線上に婚約があったとも考えられます。
「騙された」という感覚は、本人たちが作った嘘というより、見る側が無意識に作っていた物語とのズレから生まれたものなのかもしれません。
仲の良さが「ベタベタ」に見えてしまう心理
もう一つの批判が、「ベタベタしすぎ」「見ていて恥ずかしい」といった距離感への違和感です。
ここは、ある意味では好みの問題でもあります。
人前で親密な様子を見せるカップルを微笑ましいと思う人もいれば、少し苦手に感じる人もいる。
日本では特に、恋愛関係を人前であまり見せないほうが落ち着くという感覚を持つ人も少なくありません。
そこへ、ペアフィギュアという特殊な競技が重なります。
ペアでは身体的な距離が非常に近くなります。
リフトでは男性が女性の身体を持ち上げ、スローでは文字通り相手を空中へ投げる。
転倒すれば大きなケガにつながるため、技術だけでなく「この人なら受け止めてくれる」という強い信頼も必要です。
つまり、普通の男女なら「距離が近い」と感じる行動が、ペア競技では仕事そのものでもあるわけです。
さらに、りくりゅうはリンク外でも仲の良さが伝わる場面がありました。
それを微笑ましく見るか、ベタベタしていると見るか。
ここは受け手の価値観によってかなり変わります。
そして婚約発表後には、同じ映像でも意味が変わって見えます。
昨日までは「仲のいいペア」。
婚約を知った翌日には「恋人同士がイチャイチャしていた」。
人間は後から得た情報によって、過去の出来事の意味まで塗り替えてしまうことがあります。
でも映像そのものは変わっていません。
変わったのは、見る側が持っている前提。
ここが今回の「ベタベタして見える」という反応を考えるうえで、かなり大きなポイントなんです。
りくりゅうを批判する人は嫉妬している?
では、「気持ち悪い」とまで書き込む人は、やはり嫉妬しているのでしょうか。
嫉妬が混ざっているケースはあるでしょうが、批判する人すべてを嫉妬や劣等感で説明することはできません。
距離感が単純に好みではない人もいます。
競技者には競技だけを見せてほしいと考える人もいるでしょう。
自分が思い描いていた「りくりゅう像」と違って戸惑った人もいる。
理由は一つではありません。
ただ、今回のような婚約発表は、人の比較意識を刺激しやすい話題ではあります。
世界の頂点まで行った。
長年苦楽をともにした相手と結ばれた。
仕事でも成功し、人生のパートナーまで見つけた。
こうして並べると、かなり「出来すぎた物語」に見えます。
自分の人生がうまくいっていないと感じているときに、他人の幸せが妙にまぶしく見えることはあります。
「おめでとう」と言えば終わる話なのに、なぜか一言嫌味を言いたくなる。
そんな心理が人間にまったくないとは言えません。
ただし、それを外から「あの人は人生が不幸だから嫉妬している」と断定すれば、今度はこちら側が相手の人生を勝手に想像することになります。
ここで大事なのは、批判者の人格診断ではないんです。
むしろ気になるのは、なぜ他人の婚約という自分には直接関係のない出来事が、誰かに「気持ち悪い」と書き込ませるほど強い感情を起こすのかという点でしょう。
そこには嫉妬だけではなく、自分の価値観から外れたものを否定したくなる気持ちや、自分が信じていた物語を守りたい心理も混ざっているように思います。
祝福より批判が目立ってしまうSNSの構造
そして今回の反応を考えるうえで外せないのが、SNSという場所。
祝福の言葉は、どうしても似たものになります。
「おめでとう!」
「末永くお幸せに」
「やっぱりお似合い」
どれも温かいのですが、一つ一つは穏やかです。
ところが、「気持ち悪い」「騙された」「前からベタベタしすぎ」といった投稿は、一瞬で目に入ります。
強い言葉には、人の視線を止める力があるからです。
さらにSNSでは、面と向かって本人には言えないことも書きやすくなります。
匿名やハンドルネームなら、発言した瞬間に相手の表情を見る必要もありません。
誰かが強い批判を書く。
それに同意する人が現れる。
反論する人も集まる。
議論になれば、さらに多くの人の目に触れる。
こうして少数の強い意見が、実際の人数以上に大きく見えることがあります。
だからSNSで「批判がたくさんある」と感じても、それだけで世間全体がそう思っているとは限りません。
今回も、祝福する声がある一方で、一部の強烈な否定表現が目立っているという見方が必要でしょう。
そして、ここに今回の話題の面白さがあります。
りくりゅうの2人は、リンクの上では何年も相手を信じ、自分の身体を預け合ってきました。
成功した日だけではなく、失敗した日や苦しい時期も一緒に経験しています。
その関係が婚約という形になった。
それを「最高の結末」と見る人もいれば、「自分が思っていた関係と違う」と拒否する人もいる。
でも後者の違和感まで、2人が引き受ける必要はないのでしょう。
婚約によって変わったのは2人の過去ではなく、私たちが過去を見るときの「物語」なのです。
「気持ち悪い」「騙された」という強い反応が出た背景を考えると、見えてくるのはりくりゅうの問題というより、有名人の人生を見ている私たちが、知らないうちにその人たちへ「こうあってほしい」という物語を重ねてしまう心理なのかもしれません。
