
フィギュアスケートのペア「りくりゅう」こと三浦璃来さんと木原龍一さん。
2026年8月に婚約を発表し、「やっぱり!」「でもいつから付き合っていたの?」と気になった人も多いのではないでしょうか。
2人は2019年にペアを結成してから約7年。
カナダを拠点に練習し、苦しい時期を一緒に乗り越え、2026年ミラノ・コルティナ五輪では日本ペア史上初の金メダルを獲得しました。
ただ、2人がいつから恋愛関係になったのか、具体的な時期は明らかにされていません。
振り返ってみると、最初から恋人同士だったというより、競技で抜群の相性を感じた2人が、長い時間をかけて「お兄さんと妹」のような関係から対等なパートナーへ、さらに「家族」と呼ぶほどの存在へ変わっていったことが分かります。
そして最後にたどり着いたのが、婚約でした。
こうして時系列で追うと、7年間ずっと仲が良かったという一言では片づけられない、りくりゅうらしい関係の変化が見えてくるんですよね。
りくりゅうはいつから付き合ってた?
まず気になるのは、やはり交際が始まった時期。
結論から言うと、三浦璃来さんと木原龍一さんがいつから交際していたのかは公表されていません。
2026年8月に婚約を発表したことで恋愛関係だったことは明らかになりましたが、さすがに「○年○月から付き合いました」という具体的な交際開始時期までは明かしていません。
これは、過去の2人の発言を振り返るうえでも大事なポイントです。
りくりゅうは以前から非常に仲が良く、練習以外でも一緒に過ごす時間が長かったため、ファンから関係性を指摘されることがありました。
しかし、ペアフィギュアはそもそも普通の男女よりはるかに距離が近い競技です。
命を預けるようなリフトもあれば、呼吸を合わせなければ成立しない技もあります。
一緒にいる時間が長いから恋人だった、と単純には判断できません。
実際、2人自身も関係について「家族みたい」「戦友」といった言葉を使ってきました。
では、その関係がいつ恋愛へ変わったのか。
そこは、本人たちだけが知っている部分でしょう。
いや、もしかしたら本人たちもわからないかも・・・
ただ、7年間を振り返ると興味深いことがあります。
2人がお互いを表現する言葉と、支え合い方が少しずつ変わっているのです。
その始まりは、2019年のかなりドラマチックな出会いでした。
出会った瞬間に「雷が落ちた」2019年
りくりゅうの始まりにあったのは、恋愛ではなく、競技者としての驚くほどの相性。
2019年当時、木原さんは前のペアを解消。
引退も視野に入り、名古屋のリンクでアルバイトをしていた時期だったといいます。
一方の三浦さんも前のペアを解消し、新しいパートナーを探していました。
共通の知人である小松原美里さんの紹介などをきっかけに2人は出会い、トライアウトへ。
そこで初めて一緒にツイストリフトを跳んだ瞬間、木原さんは強烈な感覚を覚えます。
本人の表現では、「雷が落ちた」ような衝撃。
これまでとは空中時間が違い、「ここまで相性が合うんだ」と感じたそうです。
三浦さんも、それまで感じたことのない高さに驚きました。
しかも本人たちだけではありません。
周囲のコーチも2人の相性を見て、組ませるべきだと判断。
こうして2019年8月、「りくりゅう」が正式に誕生します。
今からちょうど7年前ですね!
木原さんにとって、この出会いがなければ引退していた可能性もありました。
ただ、当時の2人は現在とはかなり違う関係です。
三浦さんは17歳、木原さんは26歳。
9歳の年齢差もあり、木原さんが年下の三浦さんを引っ張る「お兄さん」のような立ち位置でした。
今では婚約者となった2人ですが、スタート地点にあったのは恋愛というより、「この人となら競技を続けられる」という直感的な信頼だったように見えます。
そこから2人の距離をさらに縮めていったのが、カナダで過ごした時間なんです。
カナダでの共同生活で深まった絆
ペア結成後、りくりゅうはカナダを練習拠点としました。
海外でトップを目指す生活ですから、リンクの上だけ仲良くしていればいいわけではありません。
練習以外でも、一緒に過ごす時間は長くなっていきました。
木原さんが送り迎えをしたり、買い物に付き合ったり。
三浦さんがホームシックになったときには、「今我慢したら必ずいいことがある」と励ましたこともあったといいます。
さらに2人を待っていたのがコロナ禍でした。
思うように日本へ帰れない状況のなか、異国で競技を続ける。
頼れる相手が限られる環境だったからこそ、お互いの存在は大きくなっていったのでしょう。
そして何より、ペア競技には普通の人間関係とは違う特別な「信頼」が必要です。
三浦さんは2人の相性について、合わせようとしているのではなく、自然に「合う」という趣旨の表現をしています。
木原さんもリフトについて「絶対落とさない」と三浦さんに伝えていました。
ペア競技のリフトは、言ってしまえば自分の身体を相手へ完全に預ける技。
「たぶん大丈夫」では、怖くて任せられません。
この人なら絶対に受け止めてくれる。
そんな信頼を毎日の練習で積み重ねていったことが、2人の関係の土台になったのでしょう。
もちろん、ずっと穏やかだったわけではないでしょう。
性格も違えば、ぶつかることもある。
それでも一緒に問題を解決していく。
競技でペアを組んだはずが、いつの間にか日常でも「隣にいるのが普通」という関係になっていったのかもしれません。
「お兄さん」から対等なパートナーへ
ここで変わっていくのが、2人の支え合い方。
りくりゅうの関係が大きく変わっていったのは、競技で成功する一方、失敗やケガも一緒に経験するようになってからです。
2022年の北京五輪では団体で銀メダルを獲得し、ペアでは7位。
世界のトップが見えてきた一方で、悔しさも残りました。
そこで2人は、4年後にはメダリストとして会見に出ようと約束します。
そして2022-23シーズンには大きく飛躍。
結果を残していくなかで、2人の関係にも変化が生まれていました。
最初は9歳年上の木原さんが三浦さんを支える「お兄さん」的な関係でした。
ところが、苦難を一緒に乗り越えるうちに木原さんも弱い部分を見せるようになり、今度は三浦さんが支える場面が増えていきます。
守る人と守られる人ではない。
どちらかが崩れたら、もう一人が支える。
そんな対等な関係になっていったようです。
三浦さん自身も、最初は木原さんがお兄さん的な存在だったものの、さまざまな苦難を乗り越える過程で信頼関係がさらに深まったと振り返っています。
さらに象徴的なのが、三浦さんが木原さんの引退について語った言葉です。
木原さんが引退するときには自分も一緒に引退し、別の人と組んで競技を続けることはないという趣旨を明言しています。
ペア競技なのだから当然……とは言い切れません。
競技者として続けることを優先し、パートナーを替える選択肢だってあります。
それでも「木原さんとでなければ続けない」。
そこまで言える相手になっていたわけです。
唯一無二の相手ということですよね。
いつ恋愛関係になったのかは分かりません。
ただ、この頃には少なくとも、「競技をするために必要な相手」を超えた、代わりのいない存在になっていたことは伝わってきます。
「家族」「戦友」から婚約するまで
そして2026年、2人が迎えたのは競技人生の大きな目標だったミラノ・コルティナ五輪。
ショートプログラムは5位。
金メダルを目指していた2人にとって、苦しいスタートでした。
ここでも、結成当初とは2人の役割が逆転しています。
落ち込む木原さんを励ましたのは三浦さん。
かつて17歳の三浦さんを励ましていた「お兄さん」が支えられる側になり、今度は三浦さんが「お姉さん」のように木原さんを支えました。
そしてフリーで逆転。
日本のペアとして史上初となる五輪金メダルを獲得しました。
この時の2人の演技は素晴らしく、日頃あまりテレビを見ない私でもたまたま最初から最後まで見ましたが、キッチンに立ったまま目が釘付けになり自然と涙が出てきました。
ここまで完璧な演技が出来るまで、この2人がどれほどの努力をし、どれほどの苦難を乗り越えてきたことか・・・
そんな感動を感じられるような、信じられないくらいピッタリと息のあった演技でした。
結成から約7年。
引退寸前だった木原さんと、新しいパートナーを探していた三浦さんが、ついに世界の頂点までたどり着いたわけです。
五輪後、2人はお互いについて「家族みたい」「戦友」と表現しました。
一緒にいることが当たり前で、喧嘩もするそうです。
関係について聞かれた際には「ご想像にお任せします」と答えることもありました。
そして2026年4月に現役を引退。
競技生活が終われば、それぞれ別の道へ進んでも不思議ではありませんでした。
しかし、2人の関係は終わりません。
プロ転向後も一緒に活動し、そして8月、ついに婚約を発表しました。
2人が婚約発表で伝えたのは、嬉しいときも辛いときも支え合い、いつしかお互いが「かけがえのない存在」になっていたということでした。
プロポーズ写真を撮影した場所も、2人の原点となった名古屋のリンク。
これはちょっと、出来すぎなくらいきれいな一周です。
ただ、7年間を振り返ると、突然恋愛が始まって婚約したという印象はあまりありません。
最初にあったのは、ツイストリフト一発で分かった技術的な相性。
そこへカナダでの日常が加わり、コロナ禍やケガ、敗北を一緒に経験することで信頼が深まった。
やがて「お兄さんと妹」のようだった関係は、どちらかが弱ったらもう一人が支える対等な関係へ変わっていきました。
そして「戦友」「家族」を経て、生涯のパートナーへ。
だから「りくりゅうはいつから付き合っていたの?」という問いには、残念ながら具体的な年月では答えられません。
でも2人の7年間を見ていると、もう一つの答えは見えてきます。
ある日突然「競技のパートナー」から「恋人」になったというより、支え合う時間を重ねるうちに、名前をつけなくても特別な存在になっていた。
婚約は関係を突然変えた出来事ではなく、7年間かけて育ってきた関係に、ようやく一つの名前がついた瞬間だったのかもしれません。
